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​職人から、伴走人へ。

-​私の話を、少しだけ聞いてください-

本多紀彦
植物の

「農の庭」に寄せて

私は庭で草を抜き、

そのあとの景色を眺めるとき、

庭と一緒に自分の心まで

整っていくように感じます。

草を抜いた後の地面は

静かに光りを受け、

ふと見上げれば、その奥に青空が広がる。

庭に立つことが、

理由もなく「いい」と思える瞬間があります。

手を入れることで、

景色とともに心が静まっていく感覚です。

​​

かつて日本人は、

身近な自然から糧を得る知恵を持ち、

自然とともに暮らしていました。

けれど現代では、

自然は「眺めるもの」や

「管理するもの」になりつつあるように感じます。

私が望む庭は、

​身近な自然と一緒に暮らす庭です。

​​

​たとえば、

近くに竹藪があれば

その竹で簡素な結界をつくる。

雑草に困る場所があれば

そこにネギを植え、

味噌汁に入れていただく。

疲れた日に、

一畳ほどの小さな景色を眺めて

ふと笑顔になる。

そこには技術だけではなく

自然を敬う心と、

自分や家族を大切にする行為があります。

​​

私の夢は、

この庭の相談役が

いずれ必要なくなることです。

庭のある暮らしを実践し、

自然との距離を思い出し、

自分で判断できる力が育っていくこと。

それは見栄えを優先する暮らしではなく、

地球のリズムに寄り添う、

静かで味わいのある暮らしです。

遠回りに見えても、

その積み重ねが

人と人、自然との関係を

​整えていくと信じています。

​​

職人として庭をつくるだけでなく、

庭とともに生きる時間に寄り添う存在へ。

その思いから、

​「農の庭」を始めました。

農の庭は、

庭づくりを請け負う場所ではありません。

庭とどう関わり、

どう暮らしていくかを

一緒に考える小さな場です。

向き・不向きがあります。

それでも、この文章のどこかに

小さな引っかかりを感じた方とだけ、

静かにお話しできればと思ってます。

​庭と一緒に心が整う

庭に立ち、手をいれることで

​景色とともに心が静まっていく

​身近な自然と暮らす

眺めるだけでなく、

使い、育て、暮らしに​迎え入れる庭。

​相談役がいらない庭

自分で向き合い、

日々の中で判断できる力が

育つ関わり方。

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